ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

とまらない注目!新名人

 週刊誌等に引っ張りだこの佐藤天彦新名人が今週は週刊ポスト(8月5日号)に写真主体の5ページ分記事で、また週刊文春(7月28日号)では阿川佐和子の名物対談コーナー(この人に会いたい)に登場した。


 まず、週刊ポストでは将棋フアンとしてはさほど目新しい内容はなかったがただ一点、22歳のころに習っていたピアノの発表会で小学生に混じってガクガクに震えてしまったというエピソードには少々人間味を感じる(将棋では一切緊張したことはないとの本人の弁ゆえ)。
 次に、週刊文春におけるコンピューター将棋のやり取りが興味深かったので以下に紹介したい。


阿川:いま、将棋や囲碁の世界を騒がせている人工頭脳問題、あれ、どうなっていくんです?人間がなかなか勝てなくなっていると聞きますけど。
佐藤:強いコンピューターが現れていることは事実です。でも、我々の将棋と人工頭脳の将棋とは、別個の価値観で成り立っていると僕は思います。将棋に勝つということには、自分に打ち克つという要素がある。強い相手に気後れしないとか、体調の悪さをカバーするとか、人間ならではのいろんな要素がありつつ勝つからこそ「勝つことは素晴らしい」という価値観になる。

阿川:つまり対人と対コンピューターとは別物と考えるべき問題だと?
佐藤:おっしゃる通りです。将棋って昔はもっと広い盤面で桝目も駒数もたくさんあって、飛車角どころじゃないべらぼうに強い駒もあった。奪った駒をまた使えるという日本将棋の大きな特徴がない時代もあったんです。

阿川:え、そうなんですか!?
佐藤:それが形を変えて今のルールに落ち着いた。要するに「人間が面白いと感じられる」方向へと変化し続けてきたんだと思います。つまり、難しすぎないようなバランスをとりつつ変化してきた歴史があります。

阿川:へえ〜
佐藤:一方で、今コンピューターが将棋や囲碁棋士に勝つというのは、基本的に計算能力の戦いの結果です。人間が楽しめることを目標としてきた将棋とはそこが大いに違う。

阿川:いわば将棋のココロってことですか。一マスしか動けない歩が王様を守ってあげたとき、人の心を打つとか。
佐藤:まったくその通りだと思います。香車が成香になって相手陣地で活躍したり、飛車をあえて渡すのが良かったり、それぞれの駒の役割が人間の生き方のように感じられたりもします。


*このほか、総じてバランスのとれた対談内容になっていた。ゲストの旬の思いを引き出せる阿川さんの手練の技とも読み取れた。