ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

扇子の音

 ジャズピアニストの国府弘子さんに「ピアノ一丁!」というエッセー本がある。
国立音楽大学を出て、ジャズという異色の世界へ進まれた点に若干興味を持って読み進めた。
その中に一点、将棋の話題に遭遇した。
交友関係があった伊藤果六段(当時)を対局中の将棋会館に訪ねてしばし観戦されたときの感想である。

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静けさの中でほとんど言葉が交わされないのにまずビックリ。
それでいてすごく大切な瞬間(頭の中の)を表すような一つの音が時たま聞こえる。
それは棋士の持つ扇子が手の中でパタ、と閉じられる音。その音が妙に感動的で、私の心に残っております。
私にはそれだけでも人間の決断力、精神力の一つの象徴に思えました。
日常生活において、目先のことには目いっぱいスッタモンダして、「この場を勝とう、切り抜けよう」とするけれどこの一手が先に行ってどう影響するかという、いわゆる大局観を持つことは難しい。(以上、抜粋)
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 最近、TVやネット動画を見ても棋士が扇子を手にする姿は少なくなったように感じる(私だけかも知れないが)。
近年、空調設備が完備されてきたとはいえ、もともと読みのリズムを採るために音はなっていたに違いない。
この本が出版されたのが1995年であり、その後の「名人戦センス事件」が暗に影響を及ぼしているのかもしれない。
扇子は色紙とともに、連盟の2大将棋グッズだと私は思っている。
色紙はときおり眺めるしかないが、扇子は実用的な面を持っている。
大盤解説会などで受動的に手に入れるのではなく、買ってみたいと思わせられるような工夫が連盟に求められているような気もする。


 実はこの本で一番共感したのは次の一章です。
タイトルは<個性について考えました>
特に冒頭の6行でした。
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 私のいる音楽の世界で言うと、ピアノの音を一音聴いただけで、「あっ、キース・ジャレットのタッチ」とわかったり、曲を聴いて「このメロデイーの節まわしはまさしくデイブ・グルーシン」とわかったりします。
 そしてそういう、個性を確立した人たちを尊敬します。
 研究段階では誰かのスタイルをトコトンマネしたり、いろんな人のフレーズを学ぶことは重要ですが、最終的に過去の偉大な芸術家にそっくりな芸術家になんてなりたくないと思う(そういうのは、研究家というんだよね)。
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 音楽に限らず、いろんな分野についても云えることだなと感じ入りました。