ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

観戦記で振り返る「王位戦7番勝負」

 第59期王位戦7番勝負は7月4日の豊田市での対局を皮切りに最終局までもつれ、9月27日に終了した。
 新聞観戦記の方は8月21日に始まり、11月15日に終了した。1局あたり、12譜にわたり解説されたので、12×7局=84というわけで延べ84日分の新聞連載となった。
 執筆にあたった観戦記の担当者は第1局より、鈴木宏彦氏、諏訪景子氏、原田史郎氏、小池大志氏、相崎修司氏、池田将之氏、小池大志氏の各氏である。
一連の記事を最初から読み進めて見ると、なかなか壮観である。振り飛車シリーズとなったこともあり、一つの単行本としてまとめてみるのも、見ごたえがあるというものだろう。
 本欄で全局を紹介するのは無理があるが、中でも第7局の小池大志氏の観戦記は心引きつけられるものがあった。それはまず、振り駒をめぐる二人の心理分析であり、タイトルを失うことになる菅井さんの心の変遷が実によく表現されているからである。
 それでは具体的に紹介していくと、
<振り駒時の心境について>
豊島:第6局は先手番で苦戦しましたが、負けた3局は内容も悪かったので少しほっとしました。
菅井:先手が欲しかった。先手ならどう進んでもいい勝負になる作戦を用意していたもので、心臓の鼓動が激しくなる中で記録係の『と金が』という声が聞こえた時は、思わず口元がゆがみそうになるのをこらえました。

<第2譜より>
菅井:おまえには別に振り飛車を求めていないよ、とにかく勝ってくれというのであれば別のやり方もあるのかもしれませんけど。将棋フアンは振り飛車党が多いし、僕も振り飛車の方が好き。考え抜いた末、今期は振り飛車で行くと決めたんです。僕と豊島さんはまったく違う山道を登っていた気がします。

<第4譜より>
菅井:面白い将棋とはなにかと考える中で、強いコンピューターが示す手を指すだけなら、僕自身の存在価値がないので棋士をやめてもいいとさえ思っている。自分には人とは違う発想があるという勝手な自信があって、個性的な将棋をどうフアンに見せて勝つのかが最大の課題です。

<第7譜より>
菅井:タイトル奪取からのこの1年は行儀のいい将棋を指しすぎてしまった。王位にふさわしい将棋というイメージを自ら作り上げて縛られてしまって・・・。自分は菅井の将棋を指すしかないのに・・・。一局の均衡を壊さない指し方を意識するあまり、悪手でもいいから知恵を絞って魅力的な手を指そうとする努力を怠ったのが悔やまれる。

<第8譜より>
菅井:もう一度原点に返ろうと思っている。詰将棋を徹底的に解くとか、棋譜をひたすら並べるとか、局面を自力でとことん考えるとかいう地味な勉強を、昔より強くなった自分が気持ちを入れ替えてやらなくてはいけないのかな。

<第9譜より>
菅井:今までの自分は対局を100%優先させてきたんですが、目の前の一局を指せること自体どれだけありがたいことか。恵まれた環境の中で、僕自身が一人の棋士として将棋にどう向き合ったらよいかを考える大事な契機になりました。<第11譜より>
*相手より74香と打たれた時に、
菅井:本当にしんどかった。もう絶望的に助からないのは分かっているのに、でも何とかならないのかなとなにかにすがりつきたい一心で、なにかありえない奇跡が起こるんじゃないかと虫のいい順がぐるぐる回りました。そのうち、ふと師匠の顔が浮かんできたんです。この日は関西将棋会館大盤解説をしてくださっていた。その解説会には岡山から大勢の方が来てくれていることを思うと、切なさが込み上げました。
*自ら77角を打つ瞬間に
菅井:ああ、これで自分はタイトルを失うんだなとさらに心が打ち震えました。

<第12譜より>
*失冠後数日して
菅井:この苦い経験を26歳の自分がどう生かせるか。ただ落ち込んで腐っているようでは何の意味もないので、また堂々と胸を張って岡山の街を歩けるようになりたい。

 以上が抜粋ですが、このような読み応えのある観戦記は久しぶりである。
「将棋ぺンクラブ」の観戦記部門の次回大賞候補に推薦したくらいのインパクトがあった。