ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

大器晩成はこれからだ

今泉健司 『介護士からプロ棋士へ』 (講談社

 書き出しが大根の部分で印象的である。
母方の祖父が生まれたばかりの彼を抱き上げて「この子は大器晩成じゃのう」と言ったそうだ。
まるで、彼のその後の人生を暗示するかのようではないか。
小学校2年生で覚えた将棋とともに歩んで行く悲喜こもごもの人生模様の物語がある種の躍動感を持って展開されていく。
節目節目の対局には、なまじ棋譜や将棋の図面が一切ないことがかえってすがすがしい。
それでも、将棋への真摯な思いは十分に伝わっています。
それに何よりも将棋を指すことの嬉しさが、楽しさが、時には苦しみさえもが文章のすみずみまでにじんでいます。
その時々の彼の心の変遷を読ませる内容となっているからだと思います。


 この本の中で一番、異質のというか、際立った部分は第6章の「介護の絆、勝負の心」でしょう。
介護の現場はどうなっているのか、そしてそこで働く人々はどういう思いで要介護者に向き合っているのか、などその一端が分かることにあります。
そして、彼自身が介護の仕事を常に前向きにとらえ、ひいては将棋にも好影響を与え始めたことにあります。
 この章だけでも、介護業界は本書を業界の『推薦図書』に採り上げてもよいのではないかと思ったくらいです(既にそうなっているかも知れないが)。


 第27回将棋ペンクラブ大賞のエントリー対象期間は2014年4月〜2015年3月まででした。
この本の出版は2015年3月の発売で最終月に滑り込むように算入し、大賞にエントリーされるや否や、文芸部門の優秀賞をさらってしまいました。
 なんだか将棋で云うところの、終盤でたたみかけるような寄せが見事に決まったようなものです。そんな感じがいたします。


 さて、作者の将棋道としての真価が問われるのはこれからだと思います。
本のタイトルのアレンジではありませんが、このブログのタイトルを「大器晩成はこれからだ」にしたのはそういうことです。
振り飛車党の私は今後の彼の活躍を冷静に見守り、かつ熱く応援していきたいと思います。


PS:作者に逢う機会があったなら、この本に「捌き(さばき)」とサインをしてもらいたいなと思っています。