ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

歩のおそはや

ふたりぼっちの将棋同好会
杉元晶子著 『歩のおそはや』 (集英社オレンジ文庫


 この本のタイトルにはまず、オヤッと思わせられる。
我々将棋フアンには「ときんのおそはや」という格言が馴染みがあるのだが、どうやらは主人公である女子高生の名前(あゆみ)である。
また、この本に記載のある作者のプロフィールが実にあっさりしている。<10月11日生まれ、京都府出身。『はなもよう』で2014年度ノベル大賞受賞。本作が文庫デビユーとなる>とある。これでは天秤座生まれと知ることはできても、年齢が分からない。公にしたくない事情があるのかしらと勘繰りたくもなるところである。


 物語は奨励会体験者の父から、三歳の頃より将棋を教えられた藤堂歩がやがて将棋に挫折して、高校1年の春を迎える。1年先輩の西森涼が一人で立ち上げていた将棋同好会に入会を勧誘されるところから物語は始まる。この二人に小学生時代のライバルであったK女流棋士とプロ棋士となったN男性棋士がからんで物語は展開していくことになり、やがて藤堂歩が将棋への情熱を取り戻していく青春ストーリーである。


 この本の特徴の一つは将棋における専門用語をたくみに分かりやすく会話やト書きという形で導入していることにあると思う。
そのなかより、数点紹介してみたい。

*将棋では、自分の劣勢を悟ると逃げ回らずに負けを認めることを、「投げが良い」という。
*受け将棋に徹していられるのは、経験と知識量、そして我慢強さによるものだ。
*相手の指し手に対応するのは、なんていうか、後出しジャンケンに似ています。相手の棋風から先読みもします。
*将棋でいう「難しい手」は、対処を間違えそうになる手ってことだよね?
駒落ち将棋の棋譜の取り方の場面にて
 「先手と下手はなんで、一緒の記号なの?先に指すのは、先手と上手でしょ?まぎらわしくない?」
 「そういうルールです。・・図面にした時、先手は手前側に表記されます。手前に来たほうが読みやすいので、そうなったという説を聞いたことがあります」
棋士に限らず、将棋指しは、可能性のある手がわかる。発想力というよりも、反復力だ。幼い頃からの積み重ねにより、感覚として、それがある。多面指しもその成果だ。勝つためには全部を読む必要もなく、極端な話し、一手先がわかればいい。


 さて、物語の収束ですが、将棋への情熱が再燃した主人公が目指すのは女流棋士への道それとも奨励会入会でしょうか?興味がある方は一読して確かめてほしい。真夏の午後のひととき、一気に読める軽い文庫本という印象でした。