2012年に逝去された思想界の巨人ともいえる吉本隆明氏の著書に「詩の力」(新潮文庫)がある。この本は戦後の現代詩を主軸にして詩歌の短い解釈を試みた本である。
その中に将棋フアンならおなじみの1961年にヒットした「王将」の歌詞が採り上げられている。1番と3番の歌詞が俎上に上っている。
(1番)
吹けば飛ぶよな 将棋の駒に
賭けた命を 笑わば笑え
うまれ浪花の 八百八橋
月も知ってる 俺らの意気地
(3番)
明日は東京に 出ていくからは
なにがなんでも 勝たねばならぬ
空に灯がつく 通天閣に
おれの闘志が また燃える
さて、吉本氏がどういう切り口でこの歌詞を料理しているか見てみよう。
これはとてもいい歌詞だといえる。その理由を分析的にいえば二つあって、まず、各行の言葉がとても強い選択力によって選ばれている。二つ目は、行と行のかかわりがとても鮮明で、強いつながり方をしていることだ。
たとえば3番についていうと、特に1行目から2行目、3行目から4行目がすばらしいつながり方だ。ただ、2行目から3行目へは、少し分かりにくい印象を受ける。文字で読むと、具体的ですんなりつながっているようなのだが、暗唱しようとすると、3行目がでてこなかったりするのだ。言葉は分かりやすいのに、歌詞としては流れに乗りにくいのではないだろうか。
中空に通天閣の灯が見える。イメージを抱きやすい光景なのだが、歌詞にすると、少し流れが滞りがちで、ついていきにくい感じを受けるのだ。
これは作詞者が苦労して練った言葉なのだと思う。その練った作業のために、流れにくくなったのではないだろうか。しかし、4行目で元に戻り、流れが回復している。
・・・中略・・・
この歌詞は大阪の棋士、坂田三吉の性格や心の動きをよくとらえている。坂田三吉は関西なら敵なしだが、果たして、東京へ出て行って棋士として通用するのかどうかすこぶる疑問だった。そんな不安と、裏腹の心意気がとてもよく表現されている。坂田という人の人物像がはっきりと示されている、優れた歌詞だと思う。演歌の歌詞はなかなかに侮れない。・・・・とむすんでいる。
王将という演歌の歌詞を取り上げられたのが少し奇異に感じられたが、これは作詞者である西條八十を一介の詩人として確固たる視点で評価していることによるのかもしれない。
西條八十(さいじょう・やそ)1892-1970
1916年、「詩人」創刊に参加。1918年、鈴木三重吉の依頼で「赤い鳥」に発表した童謡「かなりあ」が話題を呼び、大衆歌謡の作詞家として名を成す。一方、1919年に第1詩集「砂金」を刊行、洗練された詩風で象徴詩人として注目される。訳詩集に「白孔雀」、童謡集に「鸚鵡と時計」抒情小曲集に「海辺の墓」などがある。