ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

プロフェッショナル

 先崎学八段のエーセー本に日本将棋連盟発行の「山手線内回りのゲリラ」という本がある。

 その中の1本に「おい、サギサワよ・・・」というタイトルで書かれた文章がある。生まれてはじめて葬式で泣いた。鷺沢萠の葬式である。・・で始まるこの文章は数ある彼のエーセーの中で珠玉の一品だと私はかねがね思っていた。それは非業の死をとげた彼女への追悼文にもなっていたからである。

 先崎さんと鷺沢さんの交流のいきさつとか、度合といったものが今一つ分からないでいたのだが、今回、鷺沢さんの文庫本(新潮文庫:途方もない放課後)を読んでいたとき、彼が登場して、自分自身のもやもやした部分が少しは氷解した思いがした。

 彼女の本もエーセー本でそのうちのタイトルが標題のプロフェッショナルである。囲碁・将棋にかぎらず、勝負事に精通する人間はかくありたいものだと思わせる内容なので全文を紹介する。


「オセロの日本チャンピオンになったことがある」という人に、会ったことがある。とあるパーテイーの席でだった。少し変わったところのある人で、いつもポータブルのオセロを持ち歩いているのだという。
 それを聞いて、何に対してでも旺盛な好奇心とチャレンジ精神を失わない私の親友のひとりが、チャンピオンに対戦を申し入れた。
「オセロ得意なんだ?自信あるんだ?」
私がそう問うと、彼は敢然と首を振った。(横に)。
「オセロなんて、やるの何年ぶりかも判らない」
負けるにきまってるじゃん、バカじゃないの!という私たちの野次をものともせず、彼は言い放った。
「だって考えてもみなよ、チャンピオンとオセロできるなんてチャンス、もう二度とないぜ」
まあ、そういう部分こそが彼をして私の親友たらしめる要因なのではある。とにかく、パーテイー会場の隅っこに置かれたテーブルの上で、世紀の対決ははじまった。
 ところがこれがものの5分で終わっちゃってしまったのである。チャンピオンは白、チャレンジャーは黒だったのだが、終わったとき、ボードの上に残った黒いコマはたったの1枚、という有り様だった。完膚なきまでのそのやられように、親友も途中で思わず笑い出し、「チャンピオン、これ、途中で色のチェンジありっていうハンデイつけましょうよ」などとワケの判らないことを言ってギャラリーのウケを取っていたのだが、チャンピオンは対戦が終わったあと冷静に言った。
「でも、1枚取れただけマシなほうですよ」
 ギャラリーにどよめきが起こった。チャンピオンって、そんなにスゴいものなのね、やっぱり、という感じである。ただの「オセロが得意な奴」がそんなこと言ってもバカみたいだが、現に私たちはほぼ真っ白に塗り潰されたボードを目のあたりにしたばかりであった。
 そのとき、お酒のグラス片手にパーテイ会場をふらふら歩いているSさんの姿を私の眼の端が捕らえた。Sさんは棋士である。六段である。
「Sさーん」
 私はイヤがるSさんを無理矢理にテーブルのほうへ引きずってきた。私は将棋というゲームのルールさえほとんど知らないが、Sさんがチャンピオンとオセロをやったらどうなるのか、とても興味があったのである。
「オセロですかあ・・・、やったことはあるけどな」
 いやいやながら、しかしSさんは大勢のギャラリーに囲まれて、チャンピオンとオセロをやりはじめた。そうしてこの、Sさんとチャンピオンとの対決は、物凄く面白かったのである。さっき私の親友相手には、ほとんど考える時間を要さずにパチンパチンと打っていたチャンピオンが、Sさんを前にして長考をしはじめた。一手一手に、とても長い時間がかかるようになった。
 結局、勝負がついたのは三十分後くらいだったろうか。Sさんは負けたが、しかし勝負としては互角であった。私の親友相手にやった勝負とは較べものにならない。枚数としては三、四枚の差だったのではないかと思う。
 私はいきなりSさんのフアンになった。うまく説明できないが、チャンピオンを唸らせていたSさんはとてつもなくカッコ良かったのである。
「ねえー、ああいうのってうまく言えないけど、あたしすごーく好きー、感動した!」
 帰り道、私がそう騒ぐと、親友も同意した。
「うん、カッコ良いよな。俺も思った、なんていうか・・・」
「なんていうか?」
「なんていうか、ホラよく飛行機の中で急病人とかが出て、「私が医者です」っていうのあるだろ?ああいうカンジだよなッ」
 そうそう、そういうカンジなのである。


本日の詰将棋:11手詰