ストンリバーの日記

「詰将棋パラダイス」同人作家が語る将棋一般ブログ

摩訶不思議な棋士の脳

 「週刊文春」での先崎学九段の連載コラムが単行本になって刊行された。
2007年5月17日号〜2012年11月1日号に掲載された中より70編を抜粋して再編集したものとある。
1年を52週のベースにして計算してみたら、約280編より厳選されたものということになる。


 私の週刊誌の読み方は立ち読みが多いが、こうやって一冊の本になってみると、ああ、こういう記事もあったなと懐かしく思う反面、ああこれは読み漏れしたのではと思われる記事もあった。
 とにかく、将棋界の出来事、慣習などを彼独特の切り口で披歴しており、本当にどこから読んでも肩の凝らない仕上がりになっている。彼自身も、「まえがき」でバラエテイ番組を観るような気軽なノリで読んでくださいとある。
 しかし、70編のコラムというのもギッシリ感がある。読み手も思わず気合が入る。というわけで、一気に読み続けてしまった。

 さて、以下は私の印象に残った部分を若干、抜粋して紹介したい。


*ネット社会が発達してからさっぱり見られなくなった将棋界の光景に、最近の成績を訊くというものがある。今はHPで結果をチェックしているからこうしたことは全くない。あれは訊くほうも勇気がいった。対して、定番の返し方というのが、勝った時は「なんとか」と答える。「運よく」というものもある。「勝たされました」というのは、あるころ若手の一部で流行した表現。負けた時は工夫が要らない。ため息一つで同業者ならば察してくれる。「辛いです」などとシンプルにいえば完璧である。


*将棋界の二大棋戦といえば、竜王戦順位戦であるが、このふたつの棋戦は、重さは同じようなものだが性格が違う。ひとことでいうと、竜王戦は頭金を作る棋戦で、順位戦はローンを払う棋戦である。・・・<頭金とローンとは例えが面白い>


*元々私は勝負には淡白なほうで、無理やり自分を追いつめて気合を入れるようにしてきた。コンピューターがアホみたいに強くなる御時世だが、将棋というゲームは、意外に気合が大事なのだ。<ゲームの達人でもあると思っている人なので、淡白とは少し意外に感じました。>


*彼が用事で会館へ行った時、たまたま詰将棋解答選手権が開催されていた時の出来事です。
 ・・・メンバー表を見て驚いた。プロ棋士がうじゃうじゃいるのである。そんなメンバーが揃っているので問題が鬼のように難しいものであるのは当然である。私もさっそく取り寄せて、眺めてみた。4問あるのだが、配置がややこしく、とても考える気にならない。解くのをあきらめて、大会の会場を見たいというと係の人に渋い顔をされた。しかし、私も気配を殺すことにかけてはプロ中のプロである。おそるおそる会場に入ってみた。それは異様な雰囲気だった。机に座り、1枚の問題用紙を前に、ある人間は頭をかきむしり、ある人間はうつろに宙を見上げている。4問中3問目と4問目はなんと正解者ゼロだった。この2問の作者は若島正さんである。優勝は宮田五段。ただ、全問正確でなく、浮かない表情であった。打ち上げの席では、有名な詰将棋作家の方に何人もお目にかかった。詰将棋の世界ではアマの方に名手が多いのである。最後は行方と二人ではしご酒。彼は酔い潰れて「若島正に負けた」とうわ言のように繰りかえしていた。・・・<チャンピオン戦の第二ラウンドのときに彼は訪れたみたいですね。優勝が宮田五段ということと四問中、最後の二問が若島さんの問題ということからして第5回(2008年)の詰将棋解答選手権チャンピオン戦です>


*彼の趣味の一つであるジグソーパズルの話しも面白い。
 ・・・ジグソーパズルは端から作るのが定石である。その前に、ピースを色や形などでいくつかのグループに分けるのだ。これをしっかりはじめにやっておくかどうかで、後の手順が大きく違ってくる。まことに何事も仕込みが肝心なのである。ピタッとピースが嵌まった時の快感はジグソーパズル以外では味わうことができない。それにしても根気との闘いである。何時間も一心不乱にやっていると、頭の中が哲学的になる。短い人生、貴重な時間をこのような生産性まるでなしのことに当てるのはどうなのか。将棋にあるのか?こんなことを考えながらやる。夜明け前が一番暗いと心にいいきかせて嵌めていく。ジグソーパズルを作っていると、なぜか格言好きになる。そして明けぬ夜はないのである。・・・<読んでみて、なるほどねと感じ入ったものである。そうかといって、私がこれをもらってもやってみる気はないけれど>


最後に、私は一気読みしてしまったが、やはりこの本は緩やかで軽いタッチで接したほうがよい。コラム、エッセーの類いとはそういうものだ。そして、先崎さんは「週刊文春」から「週刊現代」に舞台をかえて現在は才筆を振るっておられることを申し添えておきたい。